夏祭り



「隊長この後時間ありますか?」
「ああ。特に予定は入ってないが」
今日は救難要請も入る事無く、無事次の隊に引き継ぐ事が出来た為予定通り定時終了する事が出来た。
しかもシフト的に一番ラッキーといわれる午後6時終了。
この時間上がりだと普通のサラリーマン達と同じ様に仕事終了後をご飯だの酒だのと楽しむ事ができる。
だからこの後の予定を聞くということは多分晩ご飯の誘いだろうと真田は推測した。
が、

「そしたら祭り行きませんか!今日隣の駅で規模は小さそうですけど町内夏祭りをやるみたいなんですよ!」

嶋本の口からは晩ご飯ではなく、祭りという単語が飛び出した。
予想外の誘いに少々驚いたが、「隣町の祭りの事までよく知ってるな」 と嶋本のローカル情報網に関心した。

で、隊長どないですか?出店もようさん出るみたいですよ――と真田の返事を待つ嶋本。

嶋本に言うと怒られるかもしれないが、まるで飼い主から「良し!」と言われるのを今か今かとシッポを振りながら楽しみに待っている犬のようだなと真田は思った。

「最近海難続きだったし、たまには息抜きにいいかもしれないな」

「よっしゃー!んじゃ俺あとこの書類だけ黒岩さんに提出したら終わりなんで、隊長は入口んトコで待ってて下さいね」
ああわかった――と、真田の返事を聞くと同時に、嶋本はまるで出動がかかった時のような機敏さで着替えを済ませると、いつも他の隊員達から「お前そんなカバン使ってるとますます中学生に間違われるぞ」とちょっかいかけられては「うっさいわ!両手があくカバンの方が便利なんじゃ!」と一喝し、断固として使い続けている黒地に蛍光の黄緑色のラインが一本入ったPUMAの新作のワンショルダーを勢いよく肩にかけ、着替えの間ロッカーにしまってあった提出書類を手に取るや、「じゃあ隊長後で!お先に失礼します!」と猛ダッシュでロッカールームを後にした。

その間の所要時間ジャスト一分。

真田は隣で目の前で繰り広げられる嶋本の素早い着替えに思わず手が止まって見入ってしまった。
普段から出動時の着替えは嶋本が誰よりも速かったが、その時は自分も出動準備に追われるために、視界の端で何となくとしかその速さを認識していなかった。
なのでこうして嶋本の高速着替えショーを目の当たりにしたのは意外にも今が初めてだった。
まるで早送りボタンでも押したような速さだったな、今後の為に後であの速さの秘訣を聞いてみよう 、と真田も心持ち急いで着替えを再開した。




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「うわぁっ!隊長もう始まってますよ!結構ちゃんとした祭りですやん!出店がようさん出てますよ!」
と俺はすでに人がようさん群がってる出店を何の店やろとキョロキョロと見回した。
そしたら隊長に「お前の祭りの善し悪し基準は出店の数で決まるのか」とつっこまれてもた。

「へへっ、俺出店の雰囲気がめっちゃ好きなんですよ。出店みたら俺の中のお祭り魂に火がつくっちゅーか何ちゅうか…」

「お祭り魂か。おもしろいものを持っているな」

いやそこ感動されても…

「隊長は出店とか興味ないですか?」
誘っておきながら言うのも何やけど、出店うんぬん以前に隊長と祭りに全然接点がなさそうな感じがした。

「興味があったのかどうかわからないが、子供の頃に親に連れられて行った地元の祭りでは必ず通ってた出店があった」

『必ず通う出店』 って不思議な日本語なんですけど・・・

「それってきっと祭りの度にその出店に行くのを楽しみにしてたんですよ!子供の頃の隊員は!」
「そうなのか」
「そうですよ。っていうか隊長もやっぱ人の子やったですね〜」
と妙に親近感わいてもた。
が、「人の子」発言に「嶋本は俺をなんだと思っているんだ」と頭を小突かれてしまった。

すんません・・・

「で、隊長が必ず行ってたいう出店はなんやったんですか?」
隊長の子供の頃に好きそうな出店…
やっぱ隊長いっても所詮子供やし、人気所のくじ引き系か食べ物系、もしくはちょっと渋めな趣味で射的とか!
隊長が答えを言ってくれる間に俺は脳内フル回転で、多少違和感はあったが出店を前にはしゃぐ子供時代の隊長を想像してみた。

「金魚すくいだ」

へっ?

「金魚すくい、て、あの赤い、金魚すくい・・・ですか?」
「ああそうだ。赤い金魚だけでなく、たいがいレアもの客引き用に黒い出目金も何匹か入っているんだ」

いやそんな出目金情報は別にいいですよ。
っていうか隊長が金魚すくいて想像できへん〜!

俺なんて金魚すくいのあの紙を破るのが得意やったから滅多に金魚すくいはせえへんかったな。

そうや!

キョロキョロ

あった!

「んじゃ隊長!あそこで金魚すくいやってますから早速行ってみましょうよ!」と俺は隊長の腕を引っ張って金魚すくいの方を指差した。
「いや、別に行かなくていいぞ。あれは子供の頃の話だし。」
「話聞いてたら金魚すくいする隊長が見てみたなったんです!そやから行きましょうよ〜」
「・・・・・嶋本も一緒にしてくれるか?」

はい?

流石にこの年で金魚すくいを一人でするのは恥ずかしいものがある  と隊長はボソッと口にした。

うわっ!可愛すぎるっ!
隊長も人目を気にする恥じらい心があったんや〜〜
やっぱ隊長も人の子…っとこれ言ったらまた怒られてまうと思わず口から出そうになった言葉を必死に飲み込んだ。

「もちろん俺もやりますから!一緒にやりましょう!何やったらどっちがようさんすくえるか競争しましょか!」
「それは楽しそうだな」
「じゃあ決まり!早速行きましょう!」



何か予想外に楽しくなってきたで!





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モドル